ファンからの寄稿文
「40周年に思う、佐野元春のこと」

ハートビートの詩情

マシス

 先日、インターネット上にある佐野元春の某ファントピックスを見ていたら、元春の初期の楽曲「Heartbeat(小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド)」がいかに素晴らしいか、と盛り上がっていました。

 ファンがそれぞれ、「Heartbeat」のどの歌詞に、どのフレーズに痺れるか?の回答でコメント欄を賑わせていたのです。どのコメントにも好きが溢れていて、皆さんスゲー楽しそうでした。

 僕は個人的に、「Heartbeat」、「Do what you like」、「欲望」の三曲こそが、佐野元春の作った邦楽史上最高の歌詞、と思っています。黙読しても、音読しても、もちろん歌っても、この三曲の歌詞はとっても良いんです。

 こと、「Heartbeat(小さなカサノバと街のナイチンゲールのバラッド)」の歌詞は、冒頭から終わりまで、すべてがいい。どのフレーズが好き?と聞かれれば《全部》と答える人だっているんじゃないか、と思うほど、どこもかしこも名フレーズだらけです。

 「Heartbeat」は、ざっくりと言えば、男の子が夜中に女子をデートに誘い出す歌。《夢から覚めた天使みたいにテラスを飛び越え》てくる彼女と、男の子(小さなカサノバ)は、さながらロミオとジュリエットのように人目を忍んでハイウェイをドライブする。そして、誰もいない街路にて、車中で夜明かしをしちゃって、白々と明るくなってくる朝日の中、眠っちゃった彼女の顔を見つめていたら涙が溢れてきた、という、そんな内容。

 恋人同士にとって、車の中というのは特別な、親密な密閉空間です。手を伸ばせば互いに触れ合える距離感。

 息を潜めて家を抜け出してきた二人は、きっと互いに鼓動が聞こえちゃうんじゃないか、というほど胸が高鳴っていたはず。そこで、サビの英語フレーズが静かに炸裂する。《Can you hear my Heartbeat?(僕の鼓動が聞こえる?)》

 ロマンチック、ここに極めり、ですよ。情景を思うだに赤面しちまいそうです。

 まぁ冷静に思えば、若い娘が夜のテラスで一人、「スターダスト」のメロディを口ずさんでる、なんてシチュエーションはちょっと現実的じゃないですけど、あたかも昔の外国映画を観てるみたいで、雰囲気があります。

 僕が好きなのは、このサビにつながる直前、英語フレーズの畳み掛けるところです。チープな英語だけど、特に一番が鳥肌モノに良くて、たまらない。

 まず、《その瞳とじて》ときて、《Feel me(僕を感じて),baby》とくる。ここはまだジャブです。

 次に《窓辺にもたれて》で《kiss me,baby》とくるのです。ラブソングの常套句です。窓辺にもたれる彼女の姿が浮かび上がってくる。

 で、で、次ですよ。《そこに座って》と、ここで具体的にヤツは彼女と向かいあうのです。そして、

《Listen to me, baby》

 これ、この Listen to me,baby の破壊力が、ヤバい。男の子が女の子にあらたまって《そこに座って》なんて言うときは、おそらく、ちょっと真面目に話を聞いて欲しいんですよ。《聞いて欲しいんだ》なんて元春の声で、こんなナイーブなこと言われちゃたまらんでしょ。リィッスントゥミィベイベー、僕はここで、このシャイな主人公に気持ちがグッと入るのです。

 ちなみに、トピックスでの一番人気のフレーズは、

《「でもまだ四時半だぜ」と小さなカサノバ》

でした。


誰もいない街路に
朝の光こぼれて
「でもまだ四時半だぜ」と
小さなカサノバ
ゆるやかに続く
このハイウェーの果てで
ビブラートする朝日も 今は
彼女の吐息の中


 ビブラートする朝日!いいですねー。「でもまァだ四時半だぜ」ここ、元春は呟くように歌うんです。「こっちこっち..」と同様、元春の小芝居が楽しい。

 「Heartbeat」は有名なライブ映像があります。1983年の渡米直前の、ロックンロールナイトツアー最終公演。ここでのパフォーマンスはレコードを完全に凌駕してます。10分近くもある長い演奏ですが、観たことない人はぜひ一度チェックしてもらいたいです。

 Can you hear my、Can you hear my、と、しゃくりあげながら叫ぶ元春の格好良いこと。そして、6:53頃より始まる元春の渾身のハーモニカ演奏は必聴。こんなに切々と胸を打つハーモニカのソロを僕は他に知りません。この時の元春には神が降りてきてます。

 世には、格言めいた良いこと言ったり、自分の心情を吐露するような内容の歌はいっぱいあるけど、その中に、言葉の選択や組み立てが美しく洒落ている、いわゆる詩情を描けたものって、どのくらいあるでしょうか。「Heartbeat」に溢れる詩情、詩心は本当に素敵で、こういう歌を知ると、僕もアマチュアの端くれとして、良いこと上手いこと偉いことを書けなくても、詩情に溢れた平凡を書けたらいい、そうなれたらどんなにいいだろうか、と憧れます。

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