佐野元春さんがデビュー40周年を迎えた年、世界はひっくり返っていた。それだけでも忘れられない年だった。そのパンデミックの年の瀬に妻が肺癌だと知らされた。世界と同様に私たちもひっくり返った。2人でドクターに呼ばれた。転移していたら、あと一年だと言われた。ある日突然、彼女の命にリミットがついてしまった。彼女は泣いた。小柄な彼女の背中がうんと小さく見えた。手術まで1か月。悶々とした正月。淡々と過ぎる毎日。
ある日、ふとしたきっかけで久しぶりに聴いた「La Vita é Bella」。
泣いた。分かっているつもりだった言葉たちが全然違う表情で私の心に刺さった。毎日毎日、何度も聴いた。もしかしたら彼女との時間に終わりが来るかも知れない。私はこの歌に救いを求めていたのかも知れない。ただ現実から逃げたかったのかも知れない。
いつしか決めていた。彼女の手術が終わったら伝えよう「君が愛しい」と。
手術が終わった。癌と疑われた腫瘍は癌ではなかった。奇跡だった。彼女は日常に戻ってきた。私は試されていたのかもしれない。どれだけ彼女を大事に思っているか。
La Vita é Bella、死ぬまで離さない歌になった。彼女にも話した。「君が戻って来るまで毎日聴いていたんだよ」。しばらくして彼女のプレイリストにも追加されていた。数ヶ月後、大阪城ホールで聴いた時は人目も気にせず泣いた。
佐野元春さんが40周年を迎えた年、私は佐野元春さんの言葉に救われた。忘れることはない。
私は今日も妻に言う「君が愛しい」。