ファンからの寄稿文
「40周年に思う、佐野元春のこと」

境界線を越えていこう

onett

 motoにハマった日を覚えてる。2018年3月4日、春の訪れをかすかに感じる、よく晴れたさわやかな日曜日。ハンバーグランチにうってつけの日に俺は車を走らせ、静岡で有名な炭焼きレストランに行ったんだ。でも混んでたから整理券を取って、近くのCDショップに避難した。そこで中古の『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』を見つけた。ジャケットに魅せられたんだ。

 それまで俺の中でmotoは失礼ながら『SOMEDAY』しか知らなかったんだけど、買ったCDを再生してびっくりした。なんて身体性のあるバンドアンサンブルなんだろう、それに言葉がビートとともに躍動をしている。当時、ロックに聴き飽きていた俺から復活演出のような胸の高鳴りを感じた。吸い込まれるような甘美な瞬間とロックミュージックの豊かさをいっぺんに味わえた気がしたんだ。多感なティーンの頃にハマるのではなく、齢三十にもなってこんなにもロックにシビれる体験ができたのが新鮮で嬉しかった。

 それからmotoの作品を聴き漁り、いつでもどこでもmotoの音楽は俺とともにあった。そんな調子だもんで当時のガールフレンドには評判が悪かったね笑 俺のせいでmotoを聴かせられすぎて、彼女はノイローゼになっていたかもしれない(そんな彼女とその後、結婚をし、40周年目の武道館に一緒に行くことになるとはそのときはつゆ知らずであったが…)。あ、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』はその後、完全生産限定盤を買い直したよ。

 motoを聴くようになった頃、motoはコヨーテバンドと瑞々しいロックを鳴らしていた。ライブハウスに足を運ぶと、motoとコヨーテは圧倒的な熱量と集中力と抜群のチューンアップが施されたアレンジで、鳴らす弦の一つ一つが絶妙に軋むときに発する心地良い煌めきと言葉を、ビートに乗せ、観客にぶつけていた。客も呼応するように熱を放っていた。めちゃくちゃかっこよかった。

 俺もソングライティングをしているバンドマンだが、創作を続けるうちに表現を抑制することが増えてきた。歌えることが減ったというより、歌えないことが増えたように感じていたんだ。社会とは切り離せない生活に窮屈さを感じ、創作における自由とはなにかを苦悶しながら熟考する日々を送っていたが、motoはメディアを通して「自主的な検閲はするな」と若い詩人たちに語りかける。また、「境界線を越えていこう」とクールに歌い続けている。そして、表現者たちが未知からくる恐怖に、勝手につくりあげてしまう見えない壁をmotoは「夢見る頃遠くに過ぎ去ってしまっても もう一度試してみるのさ」と軽やかに壊し、やってのける。その冒険者たる姿勢と有機的な言葉の数々に俺は心が軽くなった。今もそう、何度でも。

 そんでこないだmotoの40周年の武道館を観に行ってきたよ。観客の声援も曲の一部であるロックミュージシャンにとってコロナ禍の有観客でのステージはどれほどやり辛いか俺もライブハウスで少しは経験している。motoはその何百倍もの規模でのライブ。セットリストは客が静かに座って観られるバラードが多いのかなと予想した。

 だが、そんなはずはなかった。予想は良い意味で裏切られた。一曲目からエンジン全開のパワフルなアレンジで、全編通してロックミュージックが武道館に鳴り響き、客の胸を打った。圧巻のパフォーマンスだった。あの場にいた者すべてが声なき声で熱狂する奇妙な体験をした。

 そして俺がmotoにハマるきっかけとなったあの曲も演奏された。冒頭の小松シゲルのドラムでなんの曲かすぐにわかったが、わかっていても震えた。冬の街をさまよい続ける気高い孤独の歌が、俺の感性に響き、熱い涙があふれた。ボルテージが上がり続ける中、MCをはさみ演奏されたモダンロックチューン『エンタテイメント!』。これが最高に良かった。後日YouTubeにすぐにアップされたのも嬉しい。アルバム『MANIJU』で頻出した「あの人」はこの曲にも登場する。『エンタテイメント!』を共有する者それぞれが「あの人」が誰なのか思い浮かべる人は違うだろうが、きっとあの日の武道館にもいたに違いない。

 終演後、武道館を出ると雨は上がっていた。俺は今まで辛かったこと、今も不安に感じていることをちょっと思い出した。motoは、それらを解決しようとせず”そこに在るもの”としてLIFEあるいはLIVEを続けていけばいいんだよ、と歌ってくれたような気がした。motoがそうであるように俺も続けていこうと思った。

本当に素晴らしい夜だった。
40周年おめでとう。いつも感謝しています。どうもありがとう。

 最後にmotoの好きなところをもうちょっと話すよ。セルフカバーアルバム『自由の岸辺』の「グッドタイムス&バッドタイムス」で「Good times」の部分を「ついてる時も」と歌っているのに対し、「Bad times」をついてない時、とか、悪い時、と歌うのではなく「そうでない時も」と歌うところ、あそこが本当にグッとくる。素敵だぜ、moto!

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