ファンからの寄稿文
「40周年に思う、佐野元春のこと」

ロックンロールが成熟することを証明してみせた夜

匿名希望

2019/3/15(金) 佐野元春 with HOBO KING BAND@ビルボード東京

 根っからのバンド指向、グループ指向でソロのミュージシャンはほとんど観たことがない私が、唯一ライブに通っていたのが佐野元春だ。

 80年代後半から90年代初めの頃、彼はHeartlandを率いていた。そう、佐野元春も根っからのバンド指向の人なのだ。

 この夜佐野元春は、ロックンロールが成熟することを証明してみせた。男女比は、4:6ぐらいで、スーツ姿のサラリーマンも結構な割合で見受けられた。金曜日だけは残業にならないように、今週は仕事を調整して、今日は定時ダッシュで会場に駆けつけたんだろうな。そんなことを考えたら、胸がキュッとなった。

 出囃子みたいに流れたのはHeartlandのテーマだったか。続くモータウンのご機嫌なリズムに身体が反応する。20代、30代ならいざ知らず、週に2度のライブは今の私にはかなり堪えて、開演前にはヘロヘロだったのに、ステージが始まると疲れも吹っ飛び、腹の底から何かが湧いてくるような気持ちになる。

 私がライブに通っていた頃は、ステージで演奏出来る歓びを爆発させていた佐野元春だったが、既に還暦を過ぎた彼はその情熱をうまくコントロールしながらも、とてもエモーショナルだった。せっかちにリズムを刻む両足から、赤い靴下が見えた。

 2曲目、この歌、知ってる知ってる!と思うのに、全然タイトルが出てこない。20数年ぶりのライブが懐かしいとか、過去の自分にタイムスリップしたというような感覚はまるでない。なのに、涙腺が緩んだのは、演る側も見る側も、それぞれの人生を歩んできて、また再び巡りあえたことの奇跡に感動したからに他ならない。

 「個人的には、東京オリンピックのテーマ曲だと思っている」と紹介された「トーキョー・シック」。雪村いずみさんとの共作のこの歌では、


世の中、いやな事ばかりじゃない
落ち込んでないで
街に出かけようよ

という言葉がまっすぐに響いてきた。

 久しぶりのライブを前に、知人が書いた佐野元春のコラムで予習をしながら思い出したが、彼らはライブになるとアルバムとは全く違うアレンジで曲を演奏する。この夜演奏された曲も全て手が加えられていたはずで、ビートルズよりさらにロックンロールの源流〜ニューオリンズあたりを旅している様子が伺えた。

 アンコールは「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」だった。新しい夜明けを感じさせるようなアレンジが本当に好きだ。途中、悪魔を憐れむようなコーラスが挟まれ、会場中の熱気が加速していく。最近はもう、いろんなライブに行きましたとは言えない私だけど、ステージ上のグルーブ感は近年観たライブの中では出色の出来だった。

「ああー、立ちたい!」

なのに、立ち上がるお客さんが誰もいなくて、もどかしかった。

 2017年に発表されたセルフカバーアルバム「自由の岸辺」には「Someday」も「約束の橋」も収録されていない。そして、この夜もそれらのヒット曲は歌われなかった。その潔さを私は支持したい。

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